KEYWORD
巫堂(ムーダン)
韓国シャーマニズムの代表的存在。その歴史は建国神話に登場するほど古く、厄祓いから占い、病気の治療まで、日常生活に溶け込みながら韓国人の吉凶禍福を司ってきた。現在も多くの巫堂が活躍しており、民間信仰「巫俗(ムソク)」の遂行者として「굿(グッ=お祓い)」と呼ばれる独自の儀式を行い、韓国人の伝統的宗教意識の一部分を担っている。女性が圧倒的に多いが、稀にパクスという名称で男性も存在する。誰もがなれるわけではなく「神病」にかかり、「降神」という儀礼を果たした者のみが巫堂の資格を持つ。どのような神が降りてきたかによって霊力が決まるといわれ、虎や熊といった動物から、関羽など歴史的な人物、中にはイエス・キリストを祀る巫堂もいる。伝統文化伝承の面から、文化財に指定されているグッ(無形文化財)や巫堂(人間文化財)もある。
巫俗(ムソク)
巫堂を中心に伝承してきた民間信仰。仏教やキリスト教(プロテスタント/カトリック)といった外来宗教が伝播する遥か遠い昔から韓国の民衆の生活に根を下ろし、たとえば家や村を守る神、山や海の神に捧げられる굿(グッ)と、これらを行う巫堂によって形成された伝統宗教と言える。巫俗に従うならば、病気や災難はそれをもたらす「邪悪な何か」を祓わない限り退治できないものである。今も多くの韓国人は個人の宗教に関係なく、結婚や引っ越し、受験など人生の大事な日を迎えるときに、その吉凶を巫俗に頼る。ユ・ヘジン演じる納棺師コ・ヨングンはキリスト教の長老でもあり、こうした韓国人の宗教的心理をよく表している。
明堂(ミョンダン)
韓国の風水において、子孫が繁栄し、金運に恵まれ、出世するためには、良い場所に家や墓を持たねばならないと信じられてきた。そうした良い場所を「明堂」という。韓国の野史には、明堂を得て一族から高官が出たとか、王になったという類の出世話が数多く記録されているが、逆に「墓の場所がよくないと親子三代がすべて滅びる」といった言い伝えもある。だからこそ本作でも祖父・父・息子の三代が呪われる設定を物語の大事な軸にしている。当然、明堂をめぐる奪い合いや、裁判沙汰は数知れず、大統領選挙を前に候補者が両親の墓を改葬して物議を醸したこともあった。小学生たちでさえ、遠足や運動会で見晴らしの良い場所を取ると「ここは明堂だね」と言い合うほど、韓国人の意識の中に広く深く根づいている。
地官
風水に基づいて、家の敷地や墓の地相から明堂を選り分けることを業とする。その思想は「陰陽五行」であり、本作の物語の軸となっている。陰陽五行において方位は東西南北と中央に分かれ、それぞれを司る神(東:青龍、西:白虎、南:朱雀、北:玄武)の地相に囲まれた中央が明堂になる。とりわけ五行は、金・水・木・火・土の五つによって宇宙の万物が生成・消滅するとし、それぞれの要素は互いに融合したり対立したりする。劇中でチェ・ミンシク演じる地官のキム・サンドクは五行に精通し、物語における問題解決の大きなカギとなる。
代煞(テサル)グッ
煞(サル)を代わりに祓うグッのこと。巫俗によれば、煞とはあらゆる邪悪な気運を示す。「悪鬼や厄=煞」を祓うために、代わりに豚や鶏など動物を殺傷し神に捧げる儀式である。風水においても使われる儀式で、煞を排除するグッを「サルプリ(煞を解体する)グッ」ともいう。劇中では、巫堂のイ・ファリムが改葬の前に豚を供え物にして行う。
TRIVIA
※ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みますので、未見の方はご注意下さい
쇠말뚝(セマルトゥク=鉄杭)事件
1985年、韓国ではある市民団体の発表が人々を驚かせた。「植民地時代、日本が朝鮮民族の精気を断ち切るため、風水的な名山名所に打ち込んだ鉄杭を抜き、民族の精気を取り戻す」という内容で、証拠として鉄杭の一つが公開されたのである。真偽はともかく、巷では再び「日本帝国の悪行」を糾弾する声が高まったが、これは序の口に過ぎなかった。10年後の1995年、軍事独裁から脱し初の文民政権を実現した金泳三(キム・ヨンサム)大統領は、植民地解放から50年を迎え、「歴史を正す」というキャッチフレーズの下、旧朝鮮総督府の建物の取り壊しに踏み切った。このとき、植民地支配の残滓を「なくすべきか」歴史の教訓として「残すべきか」が大きな議論を呼んだが、結果的に「なくす」方向へと傾く決め手となったのが、「総督府の建物が朝鮮の良い気運の流れを遮断している」という風水的な見立てであった。
旧朝鮮総督府解体と共に、再び「鉄杭問題」が人々の関心に火をつけることとなった。ついには政府主導による国家的キャンペーンとしてあっという間に全国に広まると、テレビでは連日のように、抜き取った鉄杭を手に「大韓民国万歳!」と叫びながら感激の涙を流す人々や、民族の精気を取り戻すために巫堂(ムーダン)が行う“グッ”(お祓い)の様子が放映された。地官たちの活躍により鉄杭は、全国津々浦々、明堂(ミョンダン)という明堂から次々と見つかっては取り除かれた。さらには、朝鮮半島の輪郭は本来“虎”を表しているにもかかわらず、植民地時代、民族の精気を弱めるために日本がわざと“ウサギ”の輪郭だと教え込んだといった主張まで現れて、鉄杭をめぐる国を挙げての大騒ぎは益々エスカレートしていったのだ。
もちろん、この状況に待ったをかけた人たちも当然存在した。一部メディアや測量専門家たちは「果たして根拠はあるのか」と疑問を呈し、鉄杭は精気を断ち切るためではなく土地測量のために使われたものだとして、現場検証も行った。実際、総督府が朝鮮民族の精気を断ち切る目的で鉄杭を打ったことを裏付ける記録や資料は皆無であり、鉄杭除去運動の先頭に立つ政府関係者や市民団体に追及の矛先が向くようにもなった。だが彼らの答えは、「証拠」ではなく「噂」や「言い伝え」を信じたという、あまりに馬鹿馬鹿しいものであった。こうした状況のなか、植民地時代の独立運動や抗日闘争の歴史を扱う博物館である「独立記念館」では、日本の悪行の一つとして紹介していた鉄杭の展示を取りやめるなど、騒ぎは徐々に沈静化し、今ではひと昔前の笑えない出来事として、“都市伝説”化して人々の記憶の奥底に葬られたのである。
旧朝鮮総督府解体と共に、再び「鉄杭問題」が人々の関心に火をつけることとなった。ついには政府主導による国家的キャンペーンとしてあっという間に全国に広まると、テレビでは連日のように、抜き取った鉄杭を手に「大韓民国万歳!」と叫びながら感激の涙を流す人々や、民族の精気を取り戻すために巫堂(ムーダン)が行う“グッ”(お祓い)の様子が放映された。地官たちの活躍により鉄杭は、全国津々浦々、明堂(ミョンダン)という明堂から次々と見つかっては取り除かれた。さらには、朝鮮半島の輪郭は本来“虎”を表しているにもかかわらず、植民地時代、民族の精気を弱めるために日本がわざと“ウサギ”の輪郭だと教え込んだといった主張まで現れて、鉄杭をめぐる国を挙げての大騒ぎは益々エスカレートしていったのだ。
もちろん、この状況に待ったをかけた人たちも当然存在した。一部メディアや測量専門家たちは「果たして根拠はあるのか」と疑問を呈し、鉄杭は精気を断ち切るためではなく土地測量のために使われたものだとして、現場検証も行った。実際、総督府が朝鮮民族の精気を断ち切る目的で鉄杭を打ったことを裏付ける記録や資料は皆無であり、鉄杭除去運動の先頭に立つ政府関係者や市民団体に追及の矛先が向くようにもなった。だが彼らの答えは、「証拠」ではなく「噂」や「言い伝え」を信じたという、あまりに馬鹿馬鹿しいものであった。こうした状況のなか、植民地時代の独立運動や抗日闘争の歴史を扱う博物館である「独立記念館」では、日本の悪行の一つとして紹介していた鉄杭の展示を取りやめるなど、騒ぎは徐々に沈静化し、今ではひと昔前の笑えない出来事として、“都市伝説”化して人々の記憶の奥底に葬られたのである。
登場人物の名前
本作には、地官キム・サンドク(チェ・ミンシク)、納棺師コ・ヨングン(ユ・ヘジン)、巫堂イ・ファリム(キム・ゴウン)とその弟子ユン・ボンギル(イ・ドヒョン)という4人の主要人物が登場するが、彼らはみな、植民地時代の前後に抗日・反日の運動家として歴史に名を残す人物である。キム・サンドクは、戦後、民族の反逆者である「親日派」を処断するために1948年に組織された「反民族行為特別調査委員会」の初代委員長であった。コ・ヨングンは、1895年、日本による高宗の妻・閔妃(ミンビ)殺害に関与した朝鮮軍指揮官ウ・ボムソンを暗殺した人物である。イ・ファリムは3・1独立運動に参加し、のちに大韓民国臨時政府で活躍した女性独立運動家の名前である。そしてユン・ボンギルは、1932年、天長節の記念式典が上海で行われた際、爆弾を投げ込んで日本軍の要人2名を含む多数に重軽傷を負わせた人物として知られている。主要なキャラクターたちに抗日の英雄を配しているところに、実は映画後半の方向性を匂わせる仕掛けがあったというわけだ。ちなみに、セリフのなかで一瞬出てくる、朝鮮の風水を知り尽くし「朝鮮の腰を断ち切った」陰陽師ムラヤマ・ジュンジは、朝鮮総督府の依頼で「朝鮮の風水」(1931)を書いた村山智順の名前から取っているに違いない。
車のナンバー
彼らの車のナンバーにも、植民地の歴史を想起させる番号が使われている。イ・ファリムは「0301」、コ・ヨングンは「1945」、そしてキム・サンドクは「0815」とそれぞれ「3月1日=3・1独立運動」「1945年=朝鮮解放の年」「8月15日=朝鮮解放/日本敗戦の日」を意味することからも、日韓の歴史的関係性が映画に組み込まれていることを暗に示す意図が読み取れるだろう。
崔盛旭(映画研究者)
明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。日韓の映画を中心に、文化や社会的背景を交えながら映画の魅力を伝える仕事に取り組む。著書に「今井正 戦時と戦後のあいだ」(クレイン刊)、『韓国映画から見る、激動の韓国近現代史~歴史のダイナズム、その光と影~』(書肆侃侃房刊)。共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社刊)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店刊)、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社刊)などがある。
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